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怪文書

【備忘録】冨岡義勇の解釈

冨岡義勇に狂わされている人間ですがついにこうなのかも・・・?と少し解釈が固まってきたので記録がてら文に残すことにしました。

今後も解釈は変わっていくと思いますが備忘録として。

 

今回は炭治郎に出会う前の彼がどんな気持ちで過ごしていたか、アニメ「水柱・冨岡義勇の痛み」周りの解釈を固めたいと思ったものになります。

 

【2025.07.23追記】映画見たり、さびとや他のキャラクターの解釈入れこんだら一段とまた解釈が変わったのですがこれはこれで骨組みになってるので残してます

 

はじめに

冨岡義勇が天然という点に対してもう少し深堀をしたいのと「代わりに自分が死んだら良かったと思ってる」が引っ掛かりすぎてどういうことなの~!?になった産物です

 

【注意書き】

※冨岡義勇は天然といわれているが天然で済ませるにはあまりにももったいなさすぎる男だと思っている厄介オタクです。あくまで自分は冨岡義勇をこう解釈しているという文章です。

※どうして彼にこんなに惹かれているのか分析をしたい、何の知識もない一般人の文章なので注意してください、希死念慮などといった死をにおわせるところまでがっつり踏み込んでおりますのでセンシティブすぎるなどと思ったらすぐに媒体をかえる、非公開にするなどの措置をとります

※整合性取れてないとか文章ぐちゃぐちゃの自覚はあります、随筆みたいなものです、すみません!



冨岡義勇が最高なところ

 

みなさまが冨岡義勇の良いところをあげてください、と問われたらなにを思い浮かべるでしょうか。

 

冨岡義勇のよさとしてまず私が一番に挙げたいのは「優しい」ところです。

ビジュアルが良いのは前提として冨岡義勇というキャラクターがとても好きなのですがこれです。

本当に優しい。冗談抜きで。作中の彼の行動は基本的に全て他者をおもんぱかったゆえの行動だと解釈しています。

 

そのやさしさをかみ砕くと

 

「他己的精神」「依存」「愛情」「執着」

 

というような面が見えてくるとも考えています。

 

なんだ?こいつには自分がないのか?といわれたらそうではないとも思います。

 

「お前がいないと俺はもうダメだ」を地で行く男、それが冨岡義勇だと思っております。




冨岡義勇の関係構築とコミュニケーション

 

大前提として冨岡義勇は「家族が大好き」だと思います。

もっというと「自分を理解してくれる人が大好き」。

 

人類みなそんなもんやろ、って感じですが第一に冨岡義勇という男はまじのがちで言葉を使ったコミュニケーションがド下手くそなのだと思います。言葉でのコミュニケーションより空気を共有する、隣にいるだけでいい、そうやってあるままを受け入れてくれる人が好きなのかも。

気遣いがないわけではないです。むしろ気遣いのレベルなら作中でもトップレベルなほど他者を慮ろうという精神があります。実践も出来るのです。

しかし、言葉よりも行動のほうがはるかに考えを語る男です。

 

これは本人の判断や身体能力の高さゆえの行動特性ともとれますし、

姉と二人で暮らしていたころから非言語のコミュニケーションを重視する環境だったのかもしれないし、

社会性を構築する前に閉じられたコミュニティにいたゆえの弊害とも、

鬼に姉を殺されたことに対してうまく話をきいてもらえなかった、

話ができなかった過去のトラウマゆえの行動とも色んな解釈が出来ます。

 

鬼殺隊という組織は余裕がない人の集まりです。忙しいし環境も目まぐるしくゆっくり関係を構築していくなんて全然できません。

冨岡義勇は言葉によるコミュニケーションではなく、空気感を共有するコミュニケーションに向いてるので特性が致命的なほどあわない。本人的にはちゃんと空気を共有すれば関係構築には成功するので、「嫌われてない、なじめてないだけ」というのも当然だと思われます。

「考えるな、感じろ」タイプの鱗滝さんに出会い、教え導いてもらったのは奇跡だと思います。

 

ファンブックで判明した柱からの評価、比較的交流が多かったと思われる胡蝶しのぶ、悲鳴嶼行冥、煉獄杏寿郎あたりからの評価が軒並み「もっとしゃべれ」「声でかくしろ」(意訳)なのですが見てくれてる人は見てくれてるので本人的には十分だったのかもしれません。

 

口下手と揶揄される冨岡義勇ですが、一方で分かり合う、理解される努力をしてないわけでもなかったと思います。心を開いた人に対しては割と話すタイプらしい描写が見受けられます。ただ、相手に話を遮られたり、突っかかられて結局誤解されてこじれるという描写も多いです。

口下手という評価も案外「もっと発信が上手なら変な評価うけないのに」みたいなニュアンスもはいっているのかもしれないですね。

例)義勇「確かあれは二年前のこと」しのぶ「そんな前の話されても困ります」

 

冨岡義勇はまず、柱と炭治郎、鱗滝さん以外と交流があるシーンがスピンオフくらいしかないのでいかんせん情報が足りなさすぎる。

というか鬼滅は日常描写がほとんどないので解釈の余地がありすぎる作品なのが大前提です。

(先に謝罪をしておきますが原作で書かれているものが全ての過激派なので原作にのっとったアニメはギリギリ、スピンオフは別作品として見ている節があるめちゃ厄介オタクです…自覚はあるよ、めちゃ申し訳ない)

 

この言葉にせずに行動で伝えるスタイル、他人からの評価しか判別情報がなく、さらにその評価も人によって軒並みブレブレなせいで解釈に幅が生まれまくるのも冨岡義勇という男の魅力であり、面白いところだなと思います。



※1話見返すとめっちゃしゃべるやん、となるのは記念すべき鬼滅の刃という作品の世界観を説明するナビゲーターのような役割を冨岡義勇が担っているからだと考えているのであの部分はかなりイレギュラーだったのではないでしょうか…

しっかり言葉にするときは言葉にする男とも解釈もできますが。




冨岡義勇の行動原理

 

冨岡義勇の行動を突き詰めていくと必ず他者がいます。

 

尊敬されたい、

ここが不満だからそれを埋めたい、

自分から発する欲がほとんどないです。

 

でもこういう人って

「自身の好きな人、気にいった人と穏やかに生きていきたい」

が根底にあるのかなと考えています。

 

冨岡義勇に限らず鬼滅のほとんどの登場人物は大切な人と笑って生きていく未来を奪われた人たちなのですが、冨岡義勇はこの全キャラが持ってる当たり前の欲求一点集中型のキャラだなと解釈してます。

 

彼にとっての家族はとてつもなく大事な存在。

なので彼が家族や大切な人を失った時の痛みは計り知れません。

あの人たちを忘れて生きていくなんて彼にとっては絶対許せねぇ案件。

死んでも死にきれない。

 

他キャラの過去や救いの境遇は分かりやすく描写されるのに対し、

冨岡義勇の救いや過去の描写はやけにあっさりしている印象を受けるのは

彼の痛みは彼にしかわからない痛みなので描こうとしても描けるものじゃないからなのでは?と考えています。

 

なのでアニメオリジナルのサブタイトル「水柱・冨岡義勇の痛み」は

まんまのタイトルすぎるけど、この上なく冨岡義勇の人間性を表したタイトル

 

救われるべき人が鬼滅の刃には多すぎて、でも彼らみたいな人は絶対に世界のどこかにいる。

吾峠先生はあの物語を通して、なにか救いを描こうとしてたのかなって思ってるのですが、義勇に関してはあえてその内面まで深く描かなかったのは、描けなかったからなのかな。

 

冨岡義勇というキャラクターはよっぽどのことでないと言葉ではなく、行動で魅せるという風に描かれているので作劇的には難しいキャラクターだなと思います。

 

他者のためにどこまでも生きていく男、それが冨岡義勇だと思っています。



冨岡義勇と希死念慮・前提

 

冨岡義勇についての作中描写で

「代わりに自分が死んだらよかった」

というようなフレーズが二回ほど出てきます。

 

彼が本心を話すときにこういったことを言うので読んだ当初は希死念慮、自殺願望的なあれを持っているのか!?と泣きそうになりました。が、の割にはあまりにもパワフルすぎる人生を送ってね?と悩みに悩みました

 

姉が死んでしまう→親戚から脱走、山で死にかけ

→剣を握る→親友の死に絶望しながらも入隊→

隊のトップに上り詰める→

見ず知らずの兄妹に命をかけることを決める

 

誰彼構わず手合わせをするのは好きじゃないと言うほどの平和主義的思想を持ちながら、命がけの戦場で五体満足でトップまで上り詰めて、新技を作り出し、挙句の果てには隊律違反犯しまくり、他人に命をかけてまで信念を守ろうとする

 

はたから見たらやりたい放題すぎる。生に前向きとも捉えられるのでは?

死にたいと思ってるならこんな責任感の塊みたいな行動しないだろ…ということで己の違和感と対峙すべくいろいろ考えてみました。



冨岡義勇のターニングポイント

 

そもそも冨岡義勇の人生を狂わせた最もたる原因になっているのは「姉の死」だと解釈しています。

 

根本的には姉を人生から奪われたその時から冨岡義勇の心にはバカでかい傷がつきっぱなしです。一生をかけてもうまらない、治ることも目をそらすこともできない。

 

この世でたった一人しかいない肉親ってやはり特別だと思います。

 

救いポイントでは錆兎にスポットライトが当たっているので錆兎を失った悲しみの印象が強いのですが、心がボロボロになっていた彼の精神安定の役割を果たしてくれていたのが鱗滝さんと錆兎だったのだと思います。しかし、追い打ちをかけるかのように一回安定させた精神を崩壊させる錆兎の死。

 

記憶に新しいのも錆兎だったし、そもそも悲しすぎて記憶に蓋をしているレベルだったのでうまくお姉さんのことが思い出せなかったのでは。




冨岡義勇の思想と居場所・前提

 

あまりにも辛いことが起こるとこんなつらい現実なら逃げだしてしまったほうがましだ、となってしまってもおかしくないと思うのですが義勇は全く逃げたりしません。

 

少し話がかわりますが、みなさまは冨岡義勇を象徴するものと言えばなにを想像するでしょうか。

 

わたしは目立つ半々の羽織です。姉と錆兎の形見をつなぎ合わせたもの。

なんや、こやつ、だいぶ覚悟キマっていると思った記憶があります。

 

似たような要素を持つキャラクターに胡蝶しのぶがいますが、しのぶは姉の羽織、姉のキャラクター像をなぞる、受け継ぐことでアイデンティティを保っているキャラクターです。

対して義勇は炭治郎から言われて初めて「受け継ぐ」を意識したキャラクター。

 

では義勇のそれまでのアイデンティティ、生への執着は一体どこから来ているのだろうか。本来なら鬼殺隊に居場所がないと思っているのに。自分の身の置き場所がないって生活していくうえでかなりストレスだし、致命的なことだと思っているのでどうやって生きてきたんだ…!?ということでもう少し考えました。




冨岡義勇と思想と居場所

 

冨岡義勇というキャラクターのひとつの解釈として

 

「二人の死を背負い込み、彼らの死を自分が関与しているとして謝罪のために生きている」

 

という

”とても繊細で責任感がある、重圧に押しつぶされそうな人”

というものが出来るのですが、一方で

 

「『姉の死、錆兎の死の肯定』のために生きている」

 

といった

”後ろ向きなようで歩みを止めないようにもがいている人”

という前向き解釈も出来る説を推したいと考えております。

 

ここで義勇の性格です。

 

少し前の段落で、

「家族、理解してくれる人大好き」

「冨岡義勇の行動を突き詰めていくと必ず他者がいます」

と書いたと思うのですが今回はこれを彼を形作るベースとして考えます。

 

姉、錆兎の死は冨岡義勇にとってあまりにも悲しい出来事でした。それこそつらすぎて記憶に蓋をしてしまうほど。でも、義勇にとっては忌まわしい記憶ではなく大切な思い出です。無意識でも義勇の心に姉や錆兎のやさしさは残っていたと思いたいです。

姉や錆兎の死に対してなにもできなかった無力感や生き残っている罪悪感というものはもちろんあるでしょうが、それ以上に理不尽にあんなにも優しい人たちが奪われた現実のほうがよっぽど応えてるのではないかなと思ってます。

 

両者の死の共通項は「他人を守ったこと」です。

冨岡義勇の1話からの行動は一貫して他人を守っています。

ターニングポイントとなった「姉の死」は義勇を守ったことによるものです。そのときどうやって義勇を庇ったのか状況はわかりませんが、幼い義勇はなにがなんだかわからなかったと思います。

錆兎は自身の正義感を優先して山の鬼をすべて斬り、結果的に命を落とします。義勇は隣にはいられませんでした。

 

「冨岡義勇は他人を守るという行動を取り続けることで姉や錆兎の死を自分の中で正しいものにしたい。姉が守った自分という存在を肯定したい、姉がしたことは間違っていなかったと思いたい。」

 

自覚があったのかはわかりませんが理由としてはこんなところがあったのではと解釈しています。

また、

 

「強くなることで最終選別で錆兎にできなかったことを取り戻している」

 

というものもあると思います。

 

だから炭治郎を守ること、隣で戦ってあげること、手を貸してあげることは軒並み義勇がこれまでの人生で証明したかったこと、やりたかったことと繋がっているんだと思います。

炭治郎がその相手に選ばれたのは禰豆子がデカイとは思うのですが、本当の理由は冨岡義勇のみぞ知る話です。冨岡義勇、直感を大切にしているタイプなのかも。

 

鱗滝さんの存在も大きいと思います。

鬼殺隊にとって竈門兄妹はイレギュラーすぎる存在です。

実際、竈門兄妹を前にしたら柱の反応が一般的な反応だと思います。鬼は人を襲うものです。鬼の主食は人間ですし、「鬼=人を襲う」の認識はほとんど成立すること。常識といっても過言ではない。

そこをすっ飛ばして手紙で

「鬼連れた兄妹がいる。自分はこの二人はなにか違うと信じる。育ててください。」

と鴉を飛ばしたら育ててくれる、信じてくれる師匠って…

大切な人を失った一方で、ずっと義勇の居場所を作っていてくれていたのは鱗滝さんなのではと思っています。義勇も先生が自分を信じてくれることをわかっていたから先生に竈門兄妹を預けたし。結果として二人で命をかけてたのはびっくりですが。

判断が早いとかいう次元じゃねぇだろ、共通認識???話し合ったのか???

 

親でも兄弟でもないのに、己の命をかけて、他人の人生に関わってくれる人がこの世にどれくらいいるんでしょうね。

 

鬼殺隊に居場所はなくとも、帰る場所はあったのだと思っています。

私が思いたいだけかもですが。

 

後述しますが、冨岡義勇というキャラクターは悲しみに暮れていたとしても問題点は自身ではなく鬼であるという現状をはっきりと認識しているキャラクターだと解釈してます。

そもそも鬼がいなければ義勇も刀を握ることもなかったでしょうし、二人も少なくとも鬼に殺される未来はなかったでしょう。だからこそ鬼を滅殺しようとしている。

 

「未熟でごめん」は心の中の二人にこれまでの悲しみへの清算のための区切りとしての謝罪に見せかけた己への肯定だと思うので、二人への悲しみを受け入れる余裕がようやくできたということであるのかなと思います。

 

それは己を鍛え、炭治郎という存在も助けたそのときだからできたことで。

あそこから冨岡義勇は本格的に自分の人生を生き始めたのだと思います。それまでの人生に後悔というものは多少なりともあるのでしょうが、どうにか己を納得させる準備をしていた意味合いが強いのかなと。

 

消えたいなんて思わないで~~私は君が好きだよ~~といってあげたくなるのでどうにかできないかなと解釈をこねくり回した結果です。

はたから見たら後ろ向きに生きているのかもしれないけれど決して歩みを止めたいわけではない、手探りだけど少しだけ世に希望をもって頑張っていた冨岡義勇もいたと思いたい私です。

 

これと同じで自罰的に自身を叩き上げるというより残酷な現実に引っ張られて強くなっていったタイプだとも思っています。もとからのストイック性も相まって結果的に柱になるし、新技も作るし…

 

※少しだけ他作品の話をぶっこむのですが、同じようなことを僕のヒーローアカデミアの轟焦凍にも思っているし似たような解釈をしています!!こうやって己を肯定して救われていくイケメン見るの大好き!!!幸せになれ~~~~~!!!!!



冨岡義勇と鬼殺

 

冨岡義勇という男は問題と感情を切り分けることが得意なキャラクターであると思います。鬼なら人間に戻す方法を知っているかも、という話が冒頭一話で彼からでますが実際の鬼殺隊でそんなことを考えてたのはしのぶの姉のカナエくらいでした。

しのぶの「鬼と人間が仲良くできたらいいのに」に対して「無理だ、鬼が人間を食らう限り」とぶった切ったのは人に危害を加えないなら情状酌量の余地があるという非常に現実的で理性的な判断から来ていると思います。

 

鬼殺の根本は「鬼だから斬る」のではなく「人に危害を加えるから斬る」

 

ただ実際の鬼は大体人に危害を加えるので鬼殺隊からしたら憎しみ、敵のアイコンになっており遭遇したらとりあえず斬るのが鉄則になっていると思います。自分が食われたら終わりですしね。

大切な人を奪われた憎しみから鬼殺をしている人、鬼によって居場所をおわれここにしか居場所がない人。生活のために鬼を斬っているなど理由は様々ですが、そのなかでもこの鬼殺の根本を忘れずにいるのが冨岡義勇という男なのです。水の呼吸は基礎にのっとった呼吸であり、非常に模範的なキャラクター像をしているイメージがあるのはここからだと思います。

 

世間体や規則より己の信念やもっと深いところをを優先するタイプなので集団と相性がめちゃくちゃ悪いとは思います。正しさと生きやすさは全く違います。

かなり革命家タイプなのかもしれません。



冨岡義勇と錆兎の想い

 

恥ずかしながら、わたしは錆兎の想いってなんだろうとふんわり思っていました。

なにか錆兎が作中で伝えたことあったっけ…、炭治郎はなにか錆兎から受け取ったのだろうか、自分がなにか見落としたのか…

 

でもここでいわれている錆兎の想いというものは錆兎のあり方の肯定だったのかなと。

 

たくさんの人を守った錆兎は煉獄さんを彷彿させる生きざまをしています。

 

炭治郎は無限列車のあの日煉獄さんのあり方に感動し、悲しみながらそれでも生きていかなきゃならないと今日を生きています。たくさんの人に支えられながら生きている自覚がある炭治郎ですが義勇のことはひとりぼっちだと思っています。ひとりじゃないって言ってあげたい、どうしたら?の結果、絞りだした言葉ですが炭治郎にも跳ね返る言葉なのだと思います。

 

妹を人に戻すために道を示して手助けをしてくれた恩人が義勇なのであれば、鬼殺隊として生きる道を示してくれた人は煉獄さんだったのでしょう。

あっさりしてるシーンのわりに背負ってる背景が重たすぎる。見過ごすでしょうこんなの。直前まで四日間ストーカーしてたし、されてたんだぞこいつら。

このあとは

「蕎麦早食い勝負しましょう!」

「なんで?」

だし!!!ギャグで挟んでいいんですかこれ。

 

己がどうなろうと人を守り、未来を守る人の生きざまはいろいろ考えるところはあれどまぶしくて美しいですよね。鬼滅の刃という作品における鬼殺隊という想いのあり方を究極に体現する象徴たるキャラクターが煉獄さんや錆兎なのだと思います。

 

炭治郎にいわれた「錆兎の想いを繋いでいかないんですか」は錆兎云々というより、冨岡義勇のこれまでの証明のための人生の肯定とともに新たな生きる希望になりうる気づきを与える言葉だったのではないでしょうか。

自分を保つために生きることと、未来を繋いでいこうと生きることは似てるようでニュアンスが全く違います。

炭治郎は義勇の姉をしりませんし、義勇の錆兎との思い出もどのくらい傷ついているかも知らないですし、錆兎とのやりとりも心霊体験のようなので錆兎という人間を知っているわけではありません。まじで何も知らない状態で、それでもこのさみしい人になにか声をかけたいという炭治郎の優しさやおせっかいな気持ちからでてきたあてずっぽうの言葉だとも解釈できるのでは。

 

結果的に義勇を救うことになったわけですが、すごいな炭治郎。

 

炭治郎の言葉はただのきっかけにすぎず、そこからいろいろ義勇が都合の良いように受け取った結果があのシーンなのだと思います。

水兄弟のすごいところってこうやってお互いのことをほとんど知らないながらも無意識に相手の確信をついてくる行動をお互いにしあっているところだと思います。

 

これ…めちゃくちゃ難しいシーンじゃねぇか…?となっており…私だけなんですかここの解釈にとんでもなく時間がかかったの…多分煉獄さん関係もうまく受け止められなかった結果もあると思うんですが…煉獄さん…錆兎…生きててほしかった…



冨岡義勇と希死念慮・まとめ

 

以上のことから「自分が死んだらよかった」は確かに希死念慮的な視点も含んでいるかもしれないけれど、同時に「代わってあげられたら代わってあげたい」のニュアンスも強いのかなと思っております。

炭治郎からもその後「自分よりも生きてほしかった人が死んだら悲しい」というようなことを言っているので死なせてしまったという負い目、自罰的なニュアンスよりもっと相手への愛情深い気持ちから来てる言葉なのかなと。

 

ちょこっと:冨岡義勇と天然…?疑惑

 

つらつらと行動原理や思想について書いてきましたが、つまるところ彼は天然、ズレてる要素はまぁまぁあるにはあるけど元をたどれば自分の信念に忠実に生きているし紐解くと本人の中でも世間一般からもかなり論理的に動いている、と解釈しています。

口下手ではあるがデリカシーがないし、独自の理論をもっているわけでもなさそうなので変な人と一概にも言えないと思ってます。

 

まずドジっ子天然疑惑がでたの5巻のしのぶさんからですし。ただ、しのぶさんは金魚に対してふぐと名付けるおもしれー女なのでその評価があっているのかはなはだ疑問ではあります。しのぶさんのほうが案外天然かもしれないという希望をもっている私です。かわいい。

 

あと、彼の不運的なキャラつけは本人が悪いというより大体相手が悪い場合が多いとも思う。暴力で対処できそうなのにそういうのしないのでまじで優しいんだろうなとか思ったり。

 

まとめ:冨岡義勇は良いぞ

 

いろいろ書きましたが彼に限らず鬼滅の刃のキャラクター性って謎が多いです。

この作品はつらいところも多いですが、それ以上に読者がいろいろ受け取って想像できる余地があるという優しさもあると思います。それぞれがキャラクターにどう自分を反映させるか。救いは一つではないし、いろんなあり方があるのだと考えさせられる作品だと私は受け取っています。

その中でも私は冨岡義勇というキャラクターが好きだというだけです。沼だ~~~~~~



おわりに

 

冨岡義勇、涼しい顔をしてかなり情熱的、愛に生きている男なのかもしれない可能性が見えてきてどうにかなりそうです。炭治郎など別のキャラクターの解釈を織り込むとさらに別の解釈がみえてくる可能性ももちろんあると思うのですが、こう考えてるやつもいるよ~~~という一つの意見になればと。

 

めちゃくちゃ真面目でどんな悲しいことにも辛いことも逃げずに向き合って、現実を全てを受け止めていく冨岡義勇。生きるのが不器用というかなんというか。この作品が読めたことに感謝しています。

 

今後も解釈を考えなおしてアップデートさせていきたいです。とりあえずここまで。

 

結構すっきりしました。ずっと悩んでたことだったので。

 

映画楽しみだな~~~~

hrakNo390を読んで頭ハジけた

僕のヒーローアカデミアNo.390の話

推しってすごいや。

 

はじめまして。オタクです。

 

いてもたってもいられなかったのでついにブログに手を出しました。スペースやろうかと思いましたが、音声のみだとどうも調子が狂うので文字にした次第です。

私にしか需要はないです。

せっかく書いたから公開できるレベルにして公開したろ!!!!の精神です。

これが最初で最後の投稿になるかもしれないですね。せっかくだからちゃんと活用したいです。

普段文章を書いていないやつが感情の赴くままに書いたのでしっちゃかめっちゃかです。ツイッターの長いバージョンだと思ってもらえれば。

 

これを機に冷静に感情と向き合う訓練をしていきたいですね。

 

※ここから先を読む方、NO.390読みましたね???

 

 

 

 

 

■■■

轟焦凍ライジングについてのコーナー

 

さてさて、ついにきましたね。

 

「轟焦凍:ライジング」

 

「轟焦凍:ライジング」

 

「轟焦凍:ライジング」

 

いつから待ち望んでいたのか覚えていませんが、「ライジング」この単語に狂わされていたことだけかろうじて覚えています。

 

5巻39話で彼が原点(オリジン)を思い出してから実に351話。

長いですね。感動通り越してどういう気持ちかよくわからなくなってきました。

 

結局最後までショートの言葉では心動かないとーや兄も、特大氷ブッパしてもう一度ぶつかっていくショートも幻覚ではなかったのでオタクはわけわからん感情で泣いてしまいます。

 

ただ、私の感想として1つ言えることはライジングしても轟くんは轟くんのままだった、です。

 

「轟焦凍:ライジング」とは彼が彼のままであるために積み重ねてきたことが周りの協力を経て成就したってことだと思いました。

 

轟くん自身がライジングという回で分かりやすく成長した、蛹から蝶に変化したという感じではなくどちらかというと新芽から大事に育ててきた苗がようやく花開いたイメージ、伝わりますかね。

集大成感がありつつ、これからもっと成長していくんだろうな〜って感じでした。まさにライジング。

あとオリジン回を少しなぞってるんじゃないかと思ってます。

体育祭では父親や自分に複雑な感情をもち、自身の左の個性を封じて右の氷の個性しか使ってなかったとどろきしょうとくん(15)。

最終決戦では「俺の力」と称して半冷半燃の個性を受け入れ、新技「燐」を編み出した状態でとーやに挑むけど、左は使わずやはり右側特化大技を使うヒーローショート(16)。

 

ライジングしているはずなのにオリジンに戻っているのは彼が過去を拾い戻ってもう一度スタート地点に立ったから、ってことなんですかね。今度は自分が自分であるためのスタート地点なのでオリジン回のときとは似て非なるスタート地点に立ってるんだと思います。こじつけが大好きなオタクなのですぐこういうこと言います。

最終的には被害を抑えるという大義のもとでヒーローとしてパワーましまし状態で突っ込んできたときはむちゃくちゃニコニコしてしまいました。

 

なにかを守ろうと腹を決めたショートの眩しさたるや。

ギラギラに輝いているよ。君はお月様だ。

余談ですが、わたしはパワーSな轟くんが大大大大好きです。エモい場面であろうに感傷に浸る前にどデカい攻撃をかます彼にびびり散らし、手を叩いて喜んでしまいました。余韻に浸れない。

 

ヒーローショートは敵を倒す、人を救いだすというより隣にいてくれる、寄り添ってくれる隣人のような存在でその場にいるだけで安心させてくれるヒーローだと思います。

CMにありそうなセリフだな。彼がなりたいものになれていると信じています。

 

 

たった数ページで今までのすべてを回収していくほりこしせんせい。やばいっすね。

とりあえずはやく傷なんとかしてほしいです。全身火傷してるのかな…低温火傷とかしてない…?大丈夫……??あんなボロボロの轟くんは二度と見れないだろうな……

今後はしばらく登場ないんでしょうか。気絶から復活した瞬間に

AFOのとこ行く!飯田走ってくれ!!

とか言い出したらどうしましょうね。やりかねん。しばらく寝てろ

 

 

■■■

シーンごとの感想コーナー

これがやりたかった

 

※文が暴れています

 

〜とんでもねぇ勢いで乱入してくる冒頭シーン〜

戦闘機なみのスピードってなに?

超画力でくりだされる迫力に泣いてしまう。怖い。最近読み返せてないから神野からあそこまでの距離どのくらいか分からないんですけど何分でかけぬけていったんだろう。

個性を繊細に使いこなしていて轟くんはあいかわらずすごいというかまだ成長できんの…これ以上なにになろうってんだ、って感じだし、飯田くんはそんなにはやく走れたんだ…

 

「お前(オールマイト)ちゃんと教師に…」っていう塚内さん…教師は本来、生徒を死地に生かせるような職業じゃねぇんですが…それを上回る信頼があったんだろうね二人に

 

戦闘機並みのスピードをだしていたところから勢いよく地面に放り出されてもすぐ立ち上がれるショートくん

体が相変わらず頑丈だな。きっと骨もむっきむきなんだろう。

轟くんも給食の小魚とかちゃんと食べてた時期あったんだよな…かわいい…

 

轟くんのおかげでなりたいものになれたって言ってくれる飯田くん…

君もなってこいって背中を今度は押してくれる飯田くん…!

ショートのメンタルケアに今現在誰よりも貢献している男

そうなんだよ、轟くんだって誰かの背中を押していたんだ。ひとりじゃないんだよって思ったら胸がいっぱいになりました。あかん

 

~走りながらお母さんへの手紙のシーン~

ヒロアカってモノローグの魅せ方がおしゃれだよなぁって思うんだけどつたわりますかね…。もの静かで個性が強くて、ちょっと人より特殊な環境にいる男の子のモノローグは、秘密を打ち明けるような独白ではなく大切な人へ向けた手紙なんだ。

主人公に背中がさみしそうといわれたあのときの君はもういないんだね

 

「前略 お母さん」

 

当たり前だけど轟くんがお母さんのことをお母さんと呼ぶ事実よ。5歳までの幼少期にもらったお母さんからの愛情を忘れていないうえでの対応なのか、単純に幼少期の子供特有の親への無償の愛が継続しているのか。両方かな。お母さんからも個性云々関係なく我が子として愛はもらえていたと信じたいです。

 

「俺はクラスのみんなに並べられるよう、毎日なるべく発言したり会話をしたりしています」

 

??????

 

かわいいがすぎる

 

内容に注目したいけど書き方かわいくてそれどころじゃない。

語彙が小学生ぽい。小学1年生が授業参観で読む作文。私は授業参観で作文を読んだことがないのでイメージですが。

なるべく、とかなんで轟くんが言ってるって思うとこんなかわいいんだろう。なに?

なのに前略から始めるの真面目だな…接し方とか距離感が分からなくて自動的に幼い口調になっちゃうのかな…

もしかしてメッセージの文面とか口語で話してくるタイプなのかな轟くんって。

「おうわかった」

「うん、そうだ」

「え、そうなのか」

「うん」(ちょっと長いメッセージを打ってる最中に聞いてるよって意味で送ってくる)

相槌を文頭にいれてくれる。めちゃめちゃいい。

誤字したら「誤字した」って丁寧に修正入れてくれそうだし、長時間のメッセージのやりとりに向いてなさすぎて「電話でいいか?」になりそう。

関係ないけど轟くんって敬語下手そうだよね。あんな謙虚なJapanese Boyなのに。体育会系の敬語の使い方してる

 

取り乱しました

 

「俺はクラスのみんなに並べられるよう、毎日なるべく発言したり会話をしたりしています」

 

「並べられるように…」轟くんのスペックは追いかけられる側のもんだと思うんですが轟くんからしたらクラスや周りの人たちがすごくキラキラして見えてたのかも。

轟くんの生き方は自分を変えるんじゃなくて自分の良さを活かして1から組み立て直していくって感じなんですねぇ。

顔面や個性が強すぎるしマイペースに生きてるって感じかと思ってたけどみんなとおなじようにありたくて頑張ってる轟くん、めっちゃ人間じゃないですか。まず関わることが自分に一番必要だって思ってたんだね。

今日はいろんな人と話せたな~とか思いながら布団入った夜もあったんだろうか。あったんだろうな。うとうとしながら明日も頑張ろうとか思ってたらすでに寝てたんだろう。健やか轟くん。

 

ってことはクラスで一番最初に路地裏の子と仲良くなろうと頑張ってた轟くんもいた可能性がある、ってこと…!?夢じゃない!?!!やったぁ!!!!

 

「たくさん話すと衝突することがあります」

 

そうだね。人間が関わると絶対に衝突をうむよね。当たり前のことだけどそれが当たり前じゃなかったのかなぁ。

 

そこからさぁ…ぶつからないとわからないこともあるって学びを得てるの…ポジティブだね…轟くんにとっての衝突っていうのは恐れることじゃなくて理解するためのものなんだ…

背景大体爆豪くんなの衝突の代表者だからしゃーないな

というか家族関係抜きにして轟くんの普段の性格で衝突するってよほどのレベルじゃないと成立しないだろうから爆豪くんが特殊なだけ。こう、頑張ったんだろうな轟くん。初期のほうはずれまくってたんだけどかっちゃんもかっちゃんでぶつかられているうちになんとなく距離感がわかったんだろうな。だって最初から轟くんには純粋につえぇ、すげぇって思ってたんだもんね。邪険にする理由はない。はよ起きろやかっちゃん…

 

「俺の友達は自分のためだけじゃなく他人のために怒ったり泣いたりします」

「俺もそうなりたいです」

「大変だけど頑張るよ」

 

 

お前はもうそうなってるよ!!!!!

そこに気づいて自分もそうなりたいなぁ、すてきだなぁって視点を持てているのがえらいですよ。お母さんもこういう手紙が毎回届くたびに勇気づけられたんじゃないかな…

これは特定の人とかじゃなくてA組の子たちみんながそうなんだろうね。いいクラスだよほんとにね

 

~家族のいるところに飛び込んでくるシーン~

末っ子がどぉおおおん!!!!!

 

ぶちかましてきましたね~体力消耗しきって憔悴してませんでしたっけ…

回復アイテムもなにもないですよ。素の体力です。どういうこっちゃ。

 

ここアニメめっちゃ楽しみです。体育祭レベルの超作画がまたみれるかもしれない…

 

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轟家について

とうや兄にぶつけたいこともいいたいことももってる轟焦凍存在したんだ…

 

とりあえずとうや生存ルートでしたね。そうなんだろうな、という予想はついてましたがやっぱり正解です!!と事実を出されるとほっとします。

 

ショートととーやが戦うってなったときはガチでへこんでいました。あのときの私はカタルシスがすごかったですね。サブ垢までつくってました。

 

だまって見守ることしかできないと思っていたのでずっと見てましたがやはりラストをみてみるとあの家族は父親が数年前に問題にむきあっていれば丸く収まったんだな、という結末は変わらないんだな~って感じました。

 

家族全員ぼろぼろじゃん…冬美ちゃんや夏兄、焦凍にいたっては罪もなにもないじゃんかよぉ…!!って気持ちはぬぐえません。ふ、複雑~~…

冷さんに関してはめっちゃ難しい立ち位置にいる人だと思います。まぁそもそも傷ついていい人間なんてこの世にいないと思うんですけどね。罪人だろうがなんだろうがいい気はしない。綺麗ごとかもですけど。漫画の中くらいいいじゃないかとも思ってしまいます。あのリアルさが魅力のひとつでもあるとも思うんですけどね。心が複数ある~~

 

とーやが生きててうれしい!って気持ちと復讐も未完で終わってしまってなにもかも思い通りにいったことがないな…ってとーやに感情移入してしまった気持ちとで心がバラバラです。苦しい。彼の思想は確かに歪んでいて受け入れられるものではないし、殺人は一線を越える行為であったというのは前提になってるんですが人生ハードモードすぎねぇかと。救いはないのか…

難しい問題なので答えなんかないですもんね。読者各自の見解になるんですけど…ツラ…とーやが前向きに生きれるようになることを祈るばかりです。ぼろぼろの体はあの世界の進んだ医療でエイヤッ!となんないもんですかね

 

ショートのエゴの粘り勝ちだったことはショート推しの本能で喜んでしまうから余計とーやのくやしさも際立ってしまって苦しいです。

最後親父が謝ったところはやっとか…と。分かってた。18巻のあのときから、いつかちゃんと謝るだろうってわかってたけど長かった。とにかく長かったですよ。

 

 

家族全員が傷つけあってる状況をぶち破ってきた末っ子はあの場でまさにヒーローでしたね…すべてを凍らせて爆発をとめたそのあと

・自分以外の氷結の個性=母や姉兄の個性があったから止められた

・自分はとーやのレベルには到達できたかわからない

ってフォローを一ページで済ませて誰も傷つけないものの言い方をしているのあまりにもスマートすぎる末っ子さん…全部持ってくやん…好きです

 

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最後にこの話が出たときに言葉にできない感情を詰め込んだ画像貼っておきます。

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キャパを超えると好きしか言えなくなってしまうのがよくわかる1枚ですね

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今の心境を一言で?と自問自答した1枚ですねf:id:ti_kama:20231114004127j:image

これはオタク特有の早口が炸裂してる1枚です。f:id:ti_kama:20231114004134j:image

諦めました。

(2023/6/5掲載)

 

記念日だわこんなん

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はい、終わりです。こんなに長くする予定はなかったのですが予想外に文字が打ててしまいました。

とりあえずこの先も轟くんを愛し続けようと思います。

 

以上、ではまた。